こういうことを言えば大体、こういう反応が返ってくるのも定石である。 
 「そんなことまでいちいち考えてたら、何もできなくなるじゃないか」と。   
 だったら何もするなよ。   
 非業の現実にも勇気を持って真摯に対峙し、自分にできることとできないことを 
 よく分別してからできることを率先して成す、それができる人間だけが 
 自分から何かを為していく価値があるのであり、そうでない人間は 
 何かを為すにしてもそのような雄士に付き従って行くのがあるべき姿である。   
 民主主義とは、そのような人類の本来あるべき姿を転覆させる試みだし、 
 それによって軽度以上のADHD状態を世人のデフォルトとならしめる災禍でもある。   
 勇猛で有能な大人の男が絶対少数派である以上は、選択肢を増やす試みにすらならない。 
 老若男女みな最善の力を発揮するのではなく、健全な男子の勇躍を損ねながら 
 女子供や小人の放辟邪侈を助長することにしかならないし、それで女子供や 
 小人の側が以前以上の能力を発揮するというわけでもない。   
 およそ世の中の人々の潜在能力の発揮をひとしなみに阻害してかかる試みであるために、 
 そのようなボンクラの集いをどうにかやりくりして行くための拠り所として、 
 カネが極端に重大な役割を帯びることともなる。民主主義社会というものが 
 そのような機能不全を内面に宿しているものであることぐらいは知っておくべきである。
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