>>17  その「教えを乞うている姿はただそれだけで謙虚に見える」 
 という錯覚を、巧言令色の手段として多用する人間も多い。   
 正規の勉学の場でもない酒の席などで、 
 上司や意中の女を持ち上げていい気分にさせてやるために、 
 自分が話を聞く側に回り、なおかつ師匠に教えを乞う弟子のような態度まで見せる。   
 その実、何も学んでなどはおらず、ただ相手に気に入られるための 
 手段として、教えを乞う姿の謙虚っぽさを利用しただけである。   
 ただ、そういうのが飲みニュケーションにおける交流の実態の 
 大半を占めているし、そうやって不埒な手段によってでも人付き合いを 
 充実させて行ける者こそが、今の時代には「コミュ強」ともされている。   
 これまた、人々の誠実な向学による成長を妨げる元凶となる。 
 本当に勉強を尽くして有能さを蓄えた人間よりも、そんな向学心が高いフリを 
 してるだけの人間のほうが評価されるとなると、いわゆる「潤滑油」ばかりで 
 世の中が溢れかえって、総体の生産性も低下してしまうことになるわけである。
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