良い歳をして俺とか僕とか信じられないよね


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001 2026/05/07(木) 12:51:49 ID:R26TpWhAKg

星人過ぎてからの「僕っ子」はアホ

成人を過ぎたら「私」一択だよね

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017 2026/05/08(金) 01:48:23 ID:BLMccO/7H6
>>16
マナー以前の常識だから学校でも会社でも授業やオリエンではわざわざ教えない。就職面接をへてすら学生気分の抜けない間抜けがいたときに同僚か上司が注意する程度で、普通は周りの言葉遣いからも理解する。
ただし、採用面接を受けたのであれば、下記の機会で必ずわざわざ周知されているはず。

就活エージェント・キャリアアドバイザーによる 模擬面接などでは、ほぼ間違いなくわざわざ指導される。
大学の就職支援センターでもマナー研修の一環として教えられる。
志望者自身も就職活動のガイドブックやWebサイトで学ぶべき「基本のき」となっている。
にも関わらずそれを認知、習慣化されていない人はどういう類いの人物かは推して知るべし。
https://x.com/i/status/205233207135671105...

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018 2026/05/08(金) 19:21:29 ID:UOhACHO7Ic
>>16
なんか長年それでやってきたことを変えようと無理やり定義づけてる印象。
定着してない定義なんて個人の感想レベルじゃん。

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019 2026/05/09(土) 08:51:17 ID:P5yJQUlPn6
【僕は本当に謙譲語か?】
平安時代には和語「やつがれ」の表記当て字に「僕」を当てた。
しかし、勿論やつがれの当て字としての僕は、ボクを謙譲語として使用した証拠にはならない。それは、あくまでやつがれが謙譲語だった証拠にしかならない。
江戸時代後期になると、ボクという音で僕を使用する事例が初出する。
儒学者や漢学者の間で、書簡(手紙)のなかで「僕」という一字を「ボク」という音で意識して使い始めた例だ。
しかし、その場合も、文書表記のへりくだりであり、漢文教養世界での漢字文意了解下での文語表現だ。口語、会話コミュニケーションにおける僕=へりくだりとしては一切歴史上にも登場してこない。
やがて松下村塾あたりから会話内でボクを意識的に使用したようであるが、これは、仲間内での一種の衒い、気取りから来る自己選別のジャーゴン(隠語)であり、既に新しい時代の空気を表す同士紐帯を表す僭越なる一人称と化していたのである。
すなわち、歴史上一度たりとも口語コミュニケーションでの一人称僕(ボク)が謙譲表現であったためしはない。
だから僕は、仲間内限定の、他とは異なる独善的で幼い選別エリート臭=厨二病的矜持を孕む言葉遣いとしてビジネスシーンでは敬遠されてしまうのだ。

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020 2026/05/09(土) 09:21:06 ID:P5yJQUlPn6
明治期の書生言葉を経てしまった「僕」には、内輪臭、非公式エリート臭、選民臭、高踏遊民臭、童貞臭が纏わりつき過ぎて実にイカ臭いものとなってしまった。
特に自己演出で、敢えて「僕」を青年性、未熟性、非攻撃性、柔和性のニュアンスが漂うものと誤解して好んで使うバカは、普段よっぽどガサツで乱暴、尊大な言葉遣いに染まった下衆である確率が高く、信用ならない。コイツはあぶねーとまっ先に警戒されるタイプである。
世間は、青年性、未熟性は読み取るが、敢えての非攻撃性、柔和性自己演出が裏目に出るくらいは世知長けていると思わねばならない。

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