山仲間の話。
学生時、部活でキャンプしていた時のこと。そろそろ寝ようかと火の始末等始めていると、下方より足音が上ってきた。
やがて彼らの前に現れたのは、ごく普通の背格好をした男が一人。
紺のスーツと革靴という、およそ深山に似付かわしくない服装が奇妙だった。髪型は見事に七三分け、御丁寧にブリーフケースまで提げている。
男は彼らを見ると、白い歯を見せて快活に話し掛けてきた。「すいません、私と同じ顔をした男性を見掛けませんでしたか?」
その場にいた全員が何を聞かれたのか理解出来ず、「は?」という顔になる。
「・・・見てませんが」ようよう部長がそう答えた。
「そうですか、それはどうもお騒がせしました」男は慇懃に一礼すると、頂上に向かい歩き出した。
速い。山慣れた彼らが思わず感心するほどの健脚だったという。
「何だったんだ、アレ?」皆怪訝な面持ちでいたが、いくら考えてみても答えが得られるものでもない。
放っておくことにして、中断していた作業に戻る。
しばらくして、また下方より足音が聞こえてきた。「またか、こんな夜中に。今度は誰だっていうんだ」
身構えている彼らの前に現れたのは・・・間違いなく先程、上がっていったスーツ姿の男だった。そして先程とまったく同じ質問を発する。
「すいません、私と同じ顔をした男性を見掛けませんでしたか?」
「・・・つい今し方、ここを上って行かれましたよ」
「やぁそうでしたか。それはどうもありがとうございました。では」
嬉しそうに感謝の言葉を述べてから、男は再び真っ暗な道に消えていった。とても寝るどころではなくなり騒いでいると、三度目の足音が上ってくる。
「おい、まさか・・・」間を置かず、まったく同じ顔と格好をした三人目が現れた。
「すいません、私と同じ顔をした男性を見掛けませんでしたか?」直前の会話をそのまま繰り返し、やはり頂上へと消えていく。
「場所変えるぞ。どうにもここじゃ寝たくない」部長がそう決定すると、皆も慌ててテントを畳みに掛かる。
撤収に手間取り、それから都合五回、同じ男と同じ会話を繰り返してしまった。
「すいません、私と同じ顔をした男性を見掛けませんでしたか?」そんな言葉を聞き続けて、何とかそこを後にする。
結局、そこからかなり離れた場所で野営し直したのだという。件の男はもうそれ以上姿を見せなかったそうだ。
3人までなら同じ人に会ったことがある。しかし5人はなあ…
おかしなモノで、三つ子だよとか最初に会った人とは微妙に違ったよとかなんか合理的な説明を自分にして、山を下りるまでは特に考えようとしないんだよね。
脳が拒否してるというか。同行者も同じで山を下りてから「なあ、下りで同じ奴3回見たよな…」と言ったよ。
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