東トルキスタン(新疆)


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044 2026/04/02(木) 14:04:05 ID:Cb0ImtjLfc
>>43
 14世紀:オスマン帝国の登場と「火薬」への予兆 セルジューク朝がモンゴルによって弱体化した後、その遺領から小君侯国の一つとしてオスマン1世が台頭。
展開: 14世紀末にはバルカン半島(ユーゴ方面)へ進出し、欧州諸国を震え上がらせます。これが後の「ウルバン砲(15世紀)」による圧倒的な火力支配へと繋がっていくステップとなりました。
 15世紀〜16世紀オスマン帝国の台頭と「火薬の衝撃」ウルバン砲による既存秩序の破壊
1453年: オスマン帝国が巨大なウルバン砲でコンスタンティノープルを陥落。中世的な「城壁による防衛」が無効化されます。
影響: オスマンの強大な火力と軍事力が東欧(ユーゴ方面)や中央アジアを圧迫。
大航海時代の誘発: オスマンが陸のシルクロードを掌握・課税したため、欧州諸国は海路(インド航路)を開拓。
陸の交易路(シルクロード)が相対的に衰退し、この地域は「富の道」から「帝国の防衛線(肉の盾)」へと変貌します。
 18世紀〜19世紀 グレート・ゲームと中露の拡張「近代帝国による分割の始まり」
ロシアの南下: ロシア帝国が北コーカサスや西トルキスタンを征服。
清の西進: 乾隆帝が東トルキスタン(新疆)を征服。「新しい領土(新疆)」として清の版図に組み込みます。
境界の固定: イギリス(インド保持)とロシア、清の三者が、パミール高原やアラカン山脈周辺を「緩衝地帯」として確定させ、住民の意向を無視した人為的な国境線が引かれます。

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