縄文人が渡来人に大殺戮を受けたと言う考古学的発見などないのだが 
 だいたい日本各地の集落では、同時期の地層から弥生系と縄文系の土器が一緒に見つかっている 
 弥生全盛になっても、言うほど殺しとか起こっていない 
 比較的後になってから、戦いっぽいことで死んだ死体が見つかり始める 
 その頃には、本州の半分くらいは弥生化している 
 弥生人とは、半島の日本語集団と半島南部の縄文集団のハイブリッド 
 それが九州北部あたりに渡来したのが天孫降臨   
 どっちかと言えば、おそらく日本語系の民族が最初に朝鮮半島に南下してきて、その後に朝鮮民族が出てきたんだと思うが 
 表現として出てきたというのは的確だと思う 
 いろんな民族が混ざって混ざって、結果的に朝鮮人になった   
 半島の無文土器の文化は、日本語系集団の文化と考えられている 
 それがそのまま半島南部から九州北部に移動した   
 そもそも、遺伝子的にどちらが先というわけではなく、遼河文明圏の一言語集団から、かなり早い段階で日本語族と朝鮮語族につながる部族に別れた 
 日本語と朝鮮語は6~7千年前に別れたと考えられている 
 その時点で明確に、互いが別のアイデンティティーを持っている 
 半島内の日本語由来の地名は、韓国側に集中している   
 日本人や皇族が朝鮮系なら、当時の中国の記録や、後の三国時代の朝鮮や倭の記録に何かしら残るはずだが、そういうのがまったくない 
 渡来系の王朝であれば、ほかがそうであるように、朝鮮語を話しているはずだが、天皇家につながる王族や、それ以前の卑弥呼の時代にも、日本人が朝鮮語系、朝鮮語を話していたという記録もない 
 半島系の人間であれば、必ず何かしら記録があるはずだが何にもない 
 文化的にも、日本の文化は皇室含めて、朝鮮のような、騎馬遊牧民族的要素が極めて少ないし   
 縄文人は朝鮮半島南部にグイグイ入ってきていたので、その頃に日本語系の言語集団と混血している 
 本土日本人のゲノムの10~20%は縄文由来だが、朝鮮人は1%程度しかない 
 後に日本語系集団は朝鮮半島から追い出されているので、それくらいは反目していたと考えられる
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