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俺もまた、ある種の人間が耳障りに感じて怒り狂いかねないような発言をして来たという自覚があるが、
同時にそれが名誉棄損や侮辱にまでは該当しないという自信や、ここのとり板上位での発言を
実力行使で弾圧されて排除されたりまでする筋合いはないという確信もまたある。
明らかに、俺への反目者だからといってそんな真似に及んだりする側にのみ落ち度がある。
言論の自由や表現の自由が保障されている現代の日本語圏において、それらを不当に阻害されている
点については、一方的に加害者側のみが間違っていると断じられるだけの道理があり、
そこへの抵抗を続けることは革命だどうだ以前に、現代社会の公序良俗への貢献のうちとなる。
それがまた、「いくら革命が必要なほど壊乱を極めている時世と雖も、こちらから革命を望むことはない」
という意思表示になっているために、革命で多くの血が流れることになる責任や、自分までもが同様な
再革命などによって無益に淘汰されたりする筋合いがないのを確証する手立てともなっている。
目的が「世のため人のため自分のため」「千年後に至るまでの美名のため」のような公正さを帯びていれば、
「今だけ金だけ自分だけ」な連中への対峙姿勢にかけても、そうやってどこまででも妥当な道筋が
切り拓かれて行く。今だけ金だけ自分だけな側は目を背けがちな、自らの生きる目的が如何といった命題が、
いかに重大であるかを立証する実例ともなっているわけである。
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