かれこれ30年近く以前の話。
父と仲がよかったガソリンスタンド経営者のオッサン(以後Gさんと略す)が死んだ。
死因は、川での素潜りの最中に心不全か何かに襲われ、溺死。
最初、行方不明との電話が入ったときの父とオカンの動揺ぶりから、いかにGさんと親しかったがわかった。
おれもガキのころ、2人の磯釣りに付き合ったことがあり、いい思い出がある。
一緒に喫茶店に入って、クリームソーダを飲んだ記憶が忘れられない。
ちょっと話を遡る。
そのころのGさんは何かと多忙を極めていた。いろいろ家庭で問題を抱えている人で、
おまけにスタンドもバイトの人が辞めてしまい、1人で切り盛りしていた。いつも夜遅くまで雑用をしていた。
相当な疲れがあったはず。にもかかわらず、不意にストレス発散したい欲求でもあったのか、
仕事を終えてから、どこかの清流へウナギを獲りに行きたいと言い出した。それが趣味のひとつだった。
知人を誘い、2人して某川へ出かけたそうなのだ。
かなり本格的にやるらしく、ウェットスーツに身を包み、夜だからヘッドランプを装備して素潜りする。
で、手にしたモリでウナギを突くわけだ。
2人は真っ暗になった夜の川を童心に帰った気分で獲物を探していた。
おたがい離れ離れに潜っていた。時間が経った。そのうち知人の方が、そろそろ休憩しようと声をかけようとした。
ところがGさんの姿が見えない。2人ともヘッドランプの灯りをつけているわけだから、それでたがいの位置がわかる。
ところが、いくら探してもGさんの灯りは発見できない。
知人はゾッとした。まさか、溺れてしまったんじゃ……最近はとくに、「疲れた、疲れた……」を連呼していたのだ。
可能性はある。とはいえ、この暗闇の中じゃ、たった1人で彼を見つけるには困難だ。
知人は公衆電話のところへ走り、警察に電話をかけた。田舎の巡査1人や2人を呼んだところで、
ラチが開かないと判断したのだろう。当時、地元消防団団長だったおれの父のもとに一報を入れたわけだ。
もっとも、そのときは「Gは死んだかもしれない」との伝達だったが、父は直感したようだ。
「ああ……生きてないな」と。それでも、わずかな希望に託すしかない。
父は横のつながりにも連絡し、応援を要請。数が多いほど、Gさんを発見できる確率が高い。
某川までみんなして駆けつけると、さっそく警察らの捜索が始まっていたが、一向に進展はないようだ。
Gさんを見失ってから4、5時間は経っていた。
いまだ深夜の時間帯。真っ暗な川を岸から懐中電灯で照らして捜索するも、川床まで見透かせない。それほど深いのだ。
小1時間がすぎた。そんなとき、誰かが叫んだ。「おおーい!こっちに来てみろ! 川底に灯りがついてるぞ!」
行ってみると、たしかにさっきまで真っ暗だったはずの川床で、白い光が点っているのだ。
「もしかしたら、Gのヘッドランプかもしれん! おれが潜ってみる」と、1人の消防団員が言い、さっそく水中に。
案の定そうだった。Gさんはそこに沈んでいたのだ。もちろん、すでに死亡してからかなりの時間が経過しており、
人工呼吸をしても蘇生することはなかった。ただ、ヘッドランプがひとりでに点灯したとはありえないとみんな首を傾げた。
父はこの話を思い出すたび、口癖のように言う。「Gの奴、よほど見つけて欲しかったんだろうな。
そりゃ、いくら死んだとしても、遺体があがらないのは浮かばれないからな。ああして、ヘッドランプの光で、
自分の居場所を示したかったんだろう。不思議な話だ……」
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