エジプトの客引き撃退法教えれ


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001 2023/02/23(木) 06:14:45 ID:E4rC76oAuM
世界3大うざい国、エジプト、モロッコ、インド
今度エジプトに行くんだが噂のうざい客引き撃退法知ってるか?
タクシーから宿、らくだとかとにかくうざいらしい

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002 2024/09/23(月) 08:59:38 ID:uuqVM4e.tg
エジプトはおそらく世界で最も長く続くトップダウンのヒエラルキー政府の伝統を持っていた
そしてその伝統はすべてイスラムの侵略によって一掃された。イスラム後のエジプトには、ファラオ王朝との文化的な連続性はほとんどない。
ローマ帝国によるキリスト教化と神殿の閉鎖は、すでにその下地を作っていた。
アラブ人がエジプトを征服したとき、エジプトはすでに徹底したキリスト教徒の領域だった。ただ、彼らはまだアラビア語ではなくエジプト語を話していた。
エジプトが独立した非植民地国であったと言える最後の時点は1517年に終了した。
そこからエジプトは植民地となり、最初はオスマン帝国、次にフランス、そしてイギリスの植民地となった。

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003 2026/03/27(金) 12:18:55 ID:nX.I/Gx3gE
004 2026/03/27(金) 12:35:57 ID:nX.I/Gx3gE
>>3
Q.中東では現在も農民は土地を所有していないのですか?
A.「20世紀に一応やった、でも根付かなかった」
エジプトでは、ナセル率いる自由将校団が1952年のクーデタ後に農地改革に着手し、封建的な大土地所有を禁止して王族の土地財産を没収しました。 ただし改革は比較的穏健で、接収された土地は全農地の約10%にとどまりました。
イランでは、パフラヴィー2世による白色革命(1963年)で農地改革が実施され、地主の土地を没収して小作農に分け与えました。シーア派宗教施設が所有する土地も対象でした。 しかし農民たちは灌漑に必要な資力を持っていなかったため土地を有効活用できず、やむなく都市部に流れ込んでスラムを形成し、農業生産高はかえって減少しました。

「土地を渡せば農民が自立する」というヨーロッパ型の発想が中東ではそのまま機能しなかったわけです。理由はまさに灌漑——土地だけもらっても、水の管理インフラがなければ耕せない。個人所有の土地があっても「水は国家・共同体が管理」という構造は変わらないので、ヨーロッパ型の自立農民にはなれなかった。つまり「農地改革はやってみたが、水文明の構造が邪魔して定着しなかった」というのが現代につながる答え。

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