富貴は相対的なものに過ぎない


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001 2018/06/13(水) 10:59:35 ID:Un/F/pejgg
たとえば、国富が世界平均の3倍以上となっている現代と違って、
ほぼ完全な自給自足経済を確立させていた江戸時代の日本においても、
社会全体が貧しいなりの贅沢というものがあった。

刀剣の拵えに巧みな彫金を加えたり、
大金をはたいて競り落とした初鰹に舌鼓を打ったりと、
特段潤沢な物量投入があるわけでもない範囲での楽しみがあった。

それが現代では高級車や億ションとなったり、
自家用のクルーズ船やジェット機となったりする。
金もモノもある所には溢れ返っている時代なものだから、
昔の贅沢がチンケに思えてくるほどの豪遊もまた可能となる。

しかし、そんな時代にはそんな時代なりの貧困や飢えがある。
初鰹なんか食えない貧者がいたのと同様に、高級車なんか乗れない庶民がいるから
それが贅沢になるだけであって、あくまで下流があってこその上流なだけである。

どこまでいっても、貧賤に比較しての相対的な富貴でしかないものだから、
その時代時代における過度の贅沢を欲する者がいる以上は、過度の貧窮もまた生ずる。
どんなに巧みな経済政策を凝らそうとも、人々が知足をわきまえぬ以上は、
絶対的に富裕と不可分な貧困の増大による破綻が免れられないこととなる。

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002 2018/06/13(水) 11:16:20 ID:6nG8OHRyLM
おまえさぁ、まだ家でよがってんの?
そろそろ太ったんじゃね?
犯罪とか反社会行為は妄想の中だけにしとけよwww

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003 2018/06/13(水) 11:37:51 ID:Un/F/pejgg
今、日本の平均的な庶民でも、文明的には
江戸時代の将軍大名や豪商よりも恵まれた生活ができる。

栄養豊富で美味な料理を食べられるし、エアコンで暑さ寒さに煩わされずに済むし、
高度な近代医療によって大病や大怪我を患おうともかなりの確率で生還できる。

しかし、それがまともに妻子も持てないほど経済的に追い詰められた派遣労働や
ブラック労働に支えられていたりもする。人々の平均労働時間も昔の約2倍で、
平均寿命が伸びたにも関わらず、生涯で自由に使える時間は減っている。

文明発展自体は、人々を特別幸福にしたとも不幸にしたとも言えない。
かつてないほどの幸と不幸で差し引きゼロ。貧富の格差が昔以上に
広がってしまった程度には、むしろ不幸の度合いのほうが増した。

文明が今以上に発展しようとも後退しようとも、それは永遠に変わらない。
過度の贅沢が過度の貧窮という影を世の中に落として傾けさせることを、
どんなに優れた科学技術によっても緩和することはできない。

富貴とは、つまるところ他者へのマウントに過ぎないのだから、
それを欲する人種が存在する以上は、その時々の時勢に沿った
格差に苦しむ人間もまた生じざるを得ないのである。

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004 2018/06/13(水) 11:43:57 ID:sHHz0mY1cg
>>1
うおーーーーーーーーーー!!!!!笠地蔵!!!!!!
めっちゃ久しぶりじゃん!元気にしてた?ww
ヨガあいかわらず頑張ってるの?仕事は始めた??あいかわらず自宅にいるの?
唯一無二のコテハンだから活躍してほしいよねw 俺は応援してるぞww

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005 2018/06/13(水) 12:04:38 ID:Un/F/pejgg
http://bbs56.meiwasuisan.com/discussion/1528000338/l5...
ほんのこの前にもここでスレは立てたし、近況報告もした。
「あと一歩」な最後の詰めに苦心しているのは確かだ。

ヨガ行が進捗するからこそ新たに見えてくるものもまたある。
大金を注ぎ込もうとも得られない以上は得られない身体能力の獲得。
それに伴う富貴へのより強靭な諦観の確立。

ほんのこの前の自分にだってまだ富貴に惑わされてる所があったと思うし、
究極奥義にまで達した水準からすれば、今もまだ不十分な所はあるのだろう。
今はまだ自分自身の精進あるのみ。

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006 2018/06/13(水) 12:10:22 ID:5COBc4Ed9s
富貴名門の子女に恋するを純情の恋と誰が言う ♪
路頭に迷う女に恋するを不浄の恋と誰が言う
雨降らば降ればよし 風吹かば吹くがよし
泣いて笑って月下の巷にこびを売る女に 水蓮の如き純情あり
酒は飲むべし百薬の長 女買うべし人生無上の快楽
幼少美女の膝枕
一夜明ければ夢もなければ金もなし
砕く電剣握る美林 のぞくコンパス六分の儀
ああ我山行 渡鳥
いざ唄わん明和水産とりあえず節 ・・・
しかしまあ
よきかなよきかな(^。^;)

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007 2018/06/13(水) 13:22:26 ID:Un/F/pejgg
どんなに高度な整形技術によっても頭の大きさは変えられないからといって、
こいつも「頭が大きいほうが歴史的には人気がある」とか言い訳してるが、
それはロリコンやショタコンが一切嫌悪の対象ではなかった頃の事情でもあろうに。

頭の大きさ自体は変えられずとも、胸肩周りの筋肉の高負荷ストレッチによって
肩幅や胸板を広くすることで、頭を小さく見せるぐらいのことはできる。
(俺も頭は大きいほうだが、ヨガである程度はそれが出来てきている)

でも、そのために必要なのはカネではない。
保険のきかない高額な美容整形などが不要なのはもちろんのこと、
巻き肩を予防するために車等もなるべく乗るべきではない。働きすぎや遊び過ぎも控えて、
ストレッチで筋肉を痛めた後には鰹のような高タンパク食を摂ってよく休む。

富貴で得られるもの自体、実は一定の枠の中に収まる範囲のものでしかなく、
貧富とは無関係に得られるもののほうが普遍的な可能性を秘めていたりもする。
故に富貴に惑わされなくなるというのは、別にただの清貧志向でもない、
より透徹した大欲があるが故の諦観であることをも知るべきである。

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008 2018/06/13(水) 14:05:39 ID:Un/F/pejgg
実は近々、どうしても武道鍛錬のための必要性があって大刀の真剣を買う予定なんだが、
いざ買うという段階になって初めて、自分にはまださして刀剣趣味がないことを自覚している。

刀身はともかく、刀装具とまでいくとさっぱり食指が動かない。
斬る練習のために使うのだから今のところ最低限のものでもいいわけだが、
こんなものにまで渾身を込めた趣向を凝らしていた昔のお武家さんたちの気持ちが
未だに理解できないのには、いささかなりとも負い目を抱かされるところがある。

車に船に航空機に巨大建造物と、刀剣なんかより遥かに重厚長大でいて、
なおかつ億兆の予算をつぎ込んで作り込める選択肢がある時代に、
指でつまめるような小物にばかり魅力を見出すのはなかなか難しいこと。

しかも、高級時計やアクセサリーほどにも実用性すらないと来ている。
結局、江戸時代なみに物資や工業文明が制限された社会に住むのでないと、
刀装具なみにニッチな手工芸品の真価を計り知ることはできないのかもしれない。

刀装具マニアなんていう人種もいることはいるが、今自分がそれになったところで
変人の集まりの中の一人程度の扱いに処されることもまた避けられないわけだし。

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009 2018/06/13(水) 18:58:05 ID:dwqkfHD6BE

うおーーーーーーーーーー!!!!!笠地蔵!!!!!!
めっちゃ久しぶりじゃん!童貞卒業した?ww

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010 2018/06/13(水) 22:56:30 ID:Un/F/pejgg
豪奢を尽くした刀装具だけでなく、宮本武蔵が追い求めていたような
機能美第一の質実剛健な刀装具にも、まだ特別な思い入れなどは抱けない。

安く揃えられるんならとりあえずそれにしておくが、
ただそれだけであって、それ以上の意義などは感じられない。

世間知らずの野人として描かれることの多い武蔵もやはり高度な文化人であり、
豪壮な武具なども知った先にそれを上回るシンプルイズベストを求めたように思う。

だから、刀装具全般の価値が分からない以上は、これの真価もまだわからない。
わからなくなるような時代に生まれてしまった自分を、恵まれてないなあと思う。

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011 2018/06/14(木) 12:39:15 ID:KdxLUWTopI
お?何となく毒気が抜けたと思ったが相変わらずで何よりだ。

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012 2018/06/15(金) 05:53:47 ID:9P7DucI1IM
人間の持つ感覚なんて大体のものは相対的なものだよ。
温度や湿度ですら、急な高低差による感覚に、絶対的感覚は劣る。

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013 2018/06/16(土) 22:38:45 ID:ML1Gow4AHE
古くても燃費の良い軽く小さなクルマを大切に維持し続ける者に重税を課し、
巨大で重たく悪趣味な威圧的デザインの新車が減税される。
 
今の世の狂いっぷりの象徴としてこれは実にわかりやすい事例

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014 2018/06/16(土) 22:54:45 ID:ML1Gow4AHE
富める者自身との相対関係による貧困とかそういうものではなく、明らかな悪意をもって故意に格差の種を蒔いている連中がいる。
格差拡大は手段のひとつに過ぎず、他にも性差や世代、学歴、それらの離反も煽っている。
国を破壊する陰謀としか思えないものに支配された異常な世の中だ。

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015 2018/06/17(日) 03:42:05 ID:KfUNoFNpKk
安定政権下が続いた資本主義国家の格差は拡大する運命にあるが、一方世界的な格差はおそらく減少方向へ動いている。
一般庶民が貧しい側へと遷移する国というのは、見方を変えればそれまで富める側に位置していた国ということが出来る。

つまり裕福国の富が貧しい国へ流れ出ている。そしてその富は裕福国の富裕層からではなく、中間層以下から流れていってる。

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